それぞれの事情

それぞれの事情の中、余裕や時間を作って会ってくださる人達の「それぞれの事情」を私なんかが考えたりする立場にないのに、どうしても不安や焦燥感がつきまとう。どうしてもやめられない。
少し前はよく会ってくれたのに。
最近は間も空くし、連絡もないし、もう会ってくれないのかも。
自分のことばっか考えてしまう。
不安で不安でしょうがない。
ちょっとでも問い合わせや連絡がないような日が続いたりすると、もうこの世の誰からも必要とされてないのではって思ったりして、もう怖くて、先が見えなくて、サーッてなる。
本当にいやだ。
お金のなさは余裕のなさ。
本当にその通りすぎて反吐が出る。
みんな一生懸命働いて、その中から時間もお金も使って逢いに来てくれているのに。
私なんかが、不安やなんで?って気持ちになるのもおこがましいのに、どうしても考えちゃって。こわい。もう誰からも気にされていない?って思って、馬鹿みたいに募集ツイートしちゃったりする。ばかだよなぁ。
こんなのずっと続くのなんて嫌だ。
でもどうしようもない。
余裕がない精神がいやだ。
はあ、どうしたもんかね。


話は変わって。
インターネットの波を泳いでいて思った事がある。

うつ病の人の精神や心の複雑さ、壊れてる度合い、地雷ワード、体調の揺れ、色んなことが千差万別だ。もし周りやネット上にうつ病の知り合いがいる人は、ただ話を聞いて、可能でその気持ちがあるならただ寄り添ってくれるだけでいい。もしその時だけの優しさなら要らない。あとでつらくなる。そして良かれと思っても、余計な言葉は何が地雷になって刺さるかわからないから。知ったようなこと言ったり、わかるよ、とか言わなくていいと思う。たまに、私と同じ苦しさを抱えている人に、しれーっとそういうワードを書いてリプライを飛ばしている人がいる。難しいものだから、言葉って。

maki's Ownd

心の声の落とし場。 よければまずは1番最初の記事を見てくださいな。

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